※薬剤師資格を持つライターが書いています
納豆は日本の食卓にかかせないものですね。味はもちろんのこと健康にとっても栄養価に富んでいる優れた食品ですが、過大に効果を謳われがちな食品でもあります。過大に言わずとも納豆には優れた効果効能がありますので、紹介したいと思います。
納豆菌とは
納豆菌は納豆製造に用いられる枯草菌の一種を総称して言います。学名をBacillus subtilis nattoと言います。Bacillus subtilisはラテン語で細い小さい棒という意味で、好気性グラム陽性桿菌です。好気性というのは酸素が存在している環境下で増殖できる、という意味です。桿菌(かんきん)は芽胞というカプセルのような細胞構造を形成します。この構造は厳しい環境から身を守るために形成されるもので、熱でしたら100℃で加熱しても死滅せず、120℃まで加熱しないと死滅しません。
納豆は稲藁(いなわら)を水で煮詰めて、その稲藁に煮た大豆を包んで発酵させることで作られます。稲藁には納豆菌の他にも様々な細菌が存在しますが、加熱によって納豆菌以外の細菌は死滅するので、納豆菌だけにすることができます。
納豆菌と枯草菌の明確な区別はなく、納豆のネバネバ成分であるγ₋ポリグルタミン酸(GPA)の生産能力が高い枯草菌を納豆菌と呼んでいます。GPAはグルタミン酸が10000以上直鎖上に繋がった高分子です。うまみ成分としてグルタミン酸は有名ですが、この物質は無味無臭です。GPAは納豆菌が増殖するのに必要な栄養分として蓄えられているもの、と考えらえています。納豆菌の増殖力はすさまじく、増殖に適した環境下(酸素存在下、20~50℃、近くに有機物がある、)では約40分で2倍になりますので、1個の納豆菌から24時間ではおよそ680億個になります。ちなみに納豆100gには納豆菌が1000億含まれているといわれています。
■納豆菌の種類
その増殖力により酒蔵にわずかに納豆菌を持ち込んだだけで麹菌に悪影響を与えるため、醸造に関わる人にとって納豆は厳禁となっているという話を聞いたことがある方も多いと思います。現在日本で流通している納豆はほとんど宮城野菌(三浦菌)、成瀬菌、高橋菌の3種類で占めており、三大納豆菌と呼ばれています。
納豆菌は大手納豆メーカーのタカノフーズは約2000種類の納豆菌をストックしているそうですし、ミツカンは約2万種の納豆菌からスクリーニングして製品開発しています。納豆特有の臭いの強弱、糸を引くねばねばの多寡は菌株によって異なります。納豆の臭いをもたらす物質は発酵の段階で生成されるアンモニアや、分岐鎖アミノ酸のL-バリン、L-ロイシン、L-イソロイシンが低級分岐脂肪酸のイソ吉草酸、イソ酪酸、2メチル酪酸という腐敗したチーズのような強い臭いを発する物質に変わりますが、発酵の際に低級分岐脂肪酸を産生しない菌株を使うことで臭いを減らすことに成功した製品がミツカンから販売されている、『におわなっとう』です。
納豆菌と乳酸菌の関係
納豆菌と乳酸菌の関係は相性が良く、納豆菌の代謝物が乳酸菌を増やす効果がありそうです。また、動物実験ですがこういうものがあります。
小沢は豚に納豆菌を投与して、腸内細菌叢の変化を調べた。その結果、納豆菌投与群では納豆菌が腸管の各部位から検出され、乳酸菌叢の増加・安定化が認められた。 また、下痢症状のブロイラーに納豆菌を与えたところ、対照群ではビフィズス菌が壊滅状態であったのに対し、投与群では高い値を示した。
以上から、納豆菌には乳酸菌(ビフィズス菌)を増加・安定化させる効果があると考えられる。(K.Ozawa, Effect of "Natto Batillus" (bacillus subtilis strain BN) on the Intestinal
Microsystem.1994
ナットウキナーゼとは
ナットウキナーゼは納豆菌がもっているタンパク質分解酵素のことをいいます。ナットウキナーゼは以前TVで血栓溶解効果を謳って問題になりましたね。納豆には血液サラサラ効果がある、という謳い文句です。ある論文ではin vitro(試験管の中で)ナットウキナーゼが血栓を溶かしたという発表がありました。
この実験は事実としても、in vivo(生体内で)の実験ではないという点が重要です。ナットウキナーゼを経口摂取すると胃酸によって失活します。腸溶性カプセルに入れれば小腸までは届けられますが、ナットウキナーゼは分子が大きいためそのままでは吸収されずトリプシンなどのタンパク質分解酵素で分解されて吸収されることになります。
経口摂取でナットウキナーゼを摂取して血液中でも検出された、という実験があるという記述がネットで散見されますが、論拠となる論文の記載はありませんし、その論文を見つけることもできませんでした。
納豆菌の効果効能3つ
納豆菌を摂取することで期待できる効果は大きく3つあります。
①血液凝固作用、②骨形成促進作用、③整腸作用です。
■①血液凝固作用
1つ目の血液凝固作用ですが、納豆に含まれているビタミンKは血液凝固に関与することが知られています。ビタミンKにはビタミンK1、K2、K3、K4、K5がありますが、納豆は特にビタミンK2が含まれています。ビタミンK2は医薬品として認められており、乳幼児のビタミンK2不足を補うためケーツーという医薬品があります。
ビタミンK2は腸内細菌叢で生合成されているビタミンですので成人であれば欠乏することはないのですが、新生児では腸内細菌叢が未熟のためビタミンK不足になることがあります。
■②骨形成促進作用
2つ目の骨形成促進作用についてですが、ビタミンK2は骨の合成にも重要な働きをします。ビタミンK2製剤としてメナテトレノン(商品名:グラケー)が骨粗鬆症治療薬に使われています。また骨の原料であるカルシウムが骨組織に吸着されるには,骨芽細胞で合成されるオステオカルシンというタンパク質の働きが必要となります。ビタミンK2は,オステオカルシンを活性化する反応の補酵素として働くため、骨形成を促進させます。
■③整腸作用
3つ目は整腸作用です。納豆の腸内細菌叢への影響を研究したものにはこういうものがあります。
『発酵大豆製品の効果を、納豆50g /日を14日間摂取した7名の健康なボランティア(22〜49歳)で調べた。納豆中には、2人のボランティアのBifidobacteriumの数を除いて、Bacillus subtilis(B. natto; p <0.001)およびBifidobacterium(p <0.05)の数は有意に増加したが、レシチナーゼ-2の発生の回数および頻度は、 Clostridium perfringensを含む陽性クロストリジウム(p <0.05)は、摂取前の値と比較して有意に減少した。腸内細菌数の減少傾向と枯草菌の検出率の増加傾向は、摂取前の値と比較して摂取中に観察された。実験期間中、他の生物の数に検出可能な変化は生じなかった。
納豆摂取開始14日目の糞便中の酢酸の量(p <0.05)と納豆摂取前後の値と比較すると、総有機酸とコハク酸(p <0.05)は有意に増加した。フェノール、エチルフェノール、およびスカトールの糞便中濃度は、納豆摂取中に有意に減少した(p <0.05)。糞便中のアンモニアおよびクレゾール(p <0.05)は、納豆摂取開始14日目に有意に減少した。糞便pH値(p <0.05)は、納豆摂取14日目に有意に減少した。糞便の臭いは、納豆摂取中にわずかに減少した。
Effect of the Fermented Soybean Product “Natto” on the Composition and Metabolic Activity of the Human Fecal Flora』
ここで出てくるBifidobacteriumとはビフィズス菌のことです。ビフィズス菌は酢酸を生成するので厳密にいえば乳酸菌ではないですが、腸管のphを下げることで悪玉菌の活性化を抑えるため、広義的に乳酸菌として扱われています。クロストリジウムは悪玉菌として有名な偏性嫌気性グラム陽性桿菌です。このクロストリジウムが増えすぎると大腸炎を引き起こすことがありますが、通常は薬剤性によるものです。
納豆の食べ過ぎには注意?適切な食べ方とは
日本人の食事摂取基準ではビタミンK摂取目安量として、成人男性で65㎍、成人女性で55㎍となっています。骨粗鬆症の予防と治療ガイドラインでは250~300㎍の摂取を推奨しています。
納豆100g当たりのビタミンK含有量は600㎍ですので、納豆1パックは大体50gですので1日1パックで十分です。1日に1,2パック程度でしたら毎日納豆を摂取しても何も問題ありません。
ただし、過剰に摂取すると気になるものにセレンがあります。セレンは毒性が強く、必要量と中毒量の差がとても小さいため、サプリメントなどの安易な摂取には注意が必要です。
セレンを慢性的に過剰摂取すると、爪の変形や脱毛、胃腸障害、下痢、疲労感、焦燥感、末梢神経障害、皮膚症状などがみられますセレンは納豆100g当たり16㎍含まれています。耐容上限量という、その量を摂取しても過剰症を引き起こさない最大量が年齢ごとに設定されていますが、10歳では男女とも240㎍、18~29歳では男性で420㎍、女性では330㎍なので、納豆だけで何十パックも摂取しなければ問題はないです。
■納豆と薬の服用
納豆の食べ方で気を付けないといけないのは、ワルファリンを服用している方です。納豆を食べると検査値であるPT-INRという数値が下がってしまいます。PT(Protronbin Time)とはプロトロンビンという血液凝固に影響を与える物質が凝固する時間のことで、正常な状態を1としています。INRは国際標準比の略です。
脳梗塞や心筋梗塞のリスクがある人は血液が凝固しないようにすることで発症リスクを下げています。PT-INRはワルファリンが効いているかどうかの指標になっていますので、この数値を上げる必要があるのです。一般的にPT-INRは2前後でコントロールしていますが、納豆を食べると数値が下がるので、お医者さんが知らない所で納豆を食べているとPT-INRをコントロールするためにワルファリンの服用量を増やすことになります。納豆を食べている間はPT-INRが下がり、食べないと2を超えて出血しやすくなり、脳内出血などのリスクを上げることになるため危険です。
■他の食材でも注意が必要
納豆に限らずクロレラ、青汁などのビタミンK2を含む食品や医薬品を摂取すると同様のことが起きます。そのためお医者さんには服用している医薬品だけではなく摂っている健康食品についても、必ず相談してください。
どうしても納豆を食べたい場合には納豆に影響されないプラビックス錠、イグザレルト錠などの抗血液凝固薬がありますが、ワルファリンは古くから存在する医薬品ですので研究が進んでいる、薬価が安いというメリットがありますのでそのことも考慮してください。
まとめ
納豆には血液凝固作用、骨形成促進作用、整腸作用、があることをわかっていただけたと思います。
この他にも整腸作用から派生して、腸内細菌叢の改善によって大腸炎発生率を減らすことで大腸がんのリスクの低下、骨形成促進作用から骨折リスクを低下させることで寝たきり状態を減らし、認知症発症リスクを軽減させる、といったことも考えられますが、それには規則正しい生活やバランスの取れた食事が必要になります。
薬剤師をしています。ヘルスケア分野の情報をわかりやすく説明します。