「サルコペニア」って、一体何なの?という方もまだまだ多くいらっしゃると思います。
近年ではこのサルコペニアに纏わる論文が多く発表されており、各学会でこのワードを聞かないことはないと言っても過言ではないでしょう。
しかしながら、まだ一般の方に「サルコペニア」という言葉が浸透しているとは言えません。
ここでは「サルコペニア」という言葉を知らなかった人でも、サルコペニアがどんなものなのか、またどのようにすれば改善できるのかを知れるように、わかりやすく徹底的に解説していこうと思います。
サルコペニアの定義とは?
サルコペニア(sarcopenia)という用語は、Irwin Rosenbergによって生み出され、「筋肉=sarx (sarco:サルコ)」と、「喪失=penia(ぺニア)」というギリシャ語を合わせた造語です。
『サルコペニア=筋肉量、筋力が喪失する(衰える)』から、広義として「年齢に関係なく起こる筋力低下、筋肉量の減少」と言えます。しかし一般的には、「加齢や疾患により、筋肉量が減少、全身筋力低下を招き、日常生活における身体機能の低下」を意味しています。はっきりした定義は今のところありません。
サルコペニアとフレイルの違い
フレイルとは「虚弱」という意味です。この用語も最近の医療界ではよく聞くワードの一つです。
サルコペニアもフレイルも「加齢に伴う機能低下」を意味していますが、サルコペニアは、「筋肉量の減少」が主体で、筋力・身体機能の低下を主要因としています。
しかし、フレイル(虚弱)は、移動能力・筋力・バランス・運動処理能力・認知機能・栄養状態・持久力・日常生活の活動性など、広範囲の要素が含まれています。
サルコペニアの原因4つ
健康な成人の筋力の場合、20~30歳代がピークで、その後は加齢とともに減少していきます。60歳を超える頃にはピーク時に比べ30~40%低下します。
筋肉量の減少も25歳頃より始まり、40歳以降は年に0.5%ずつ減少していきます。65歳以降は筋肉量の減少スピードが加速し、80歳までに筋肉の30~40%が失われていきます。
また、普段運動をしていない人では、30代から毎年0.5%~1%程度の筋肉量が減少していくといわれています。
しかし、なぜ筋肉は減少していくのでしょうか。
サルコペニアを形成してしまう原因として、大きく4つの原因が挙げることができます。
■原因1)加齢
不動による筋萎縮は遅筋繊維が優位に萎縮していきますが、加齢に伴う筋萎縮の場合、
※「速筋線維」に優位な筋萎縮がみられます。
※遅筋繊維・・・長距離向きの筋肉。収縮は遅い。主に脂質がエネルギー源。
速筋繊維・・・短距離向きの筋肉。収縮が早い。主に糖質がエネルギー源。
また、加齢と共に、「速筋線維のtypeⅡ線維から遅筋線維のtypeⅠ線維へのリモデリング(再構築)」が見られると研究結果があります。要するに、加齢が原因で、素早い繊維が遅い繊維にチェンジしてしまうということです。
筋細胞数に関しては、筋肉を働かすために必要な細胞の死(アポトーシス)・ミトコンドリアの機能障害が生じることが、原因であると考えられています。
したがって、加齢に伴う筋力低下を筋萎縮の面から考えると、
・速筋線維の萎縮
・筋細胞数の減少による筋容積の減少
が影響しています。
◯加齢による運動単位の変化
運動単位とは、脊髄前角に存在する1つのα運動神経と、それに支配される一群の筋細胞の総称です。(筋活動の最小機能単位にあたるもの)
通常、健常な成人の不動では、運動単位数に変化はみられません。
しかし、加齢の影響として、高齢ラットの内側腓腹筋を用いた研究では、運動単位数に減少が認められています。また、ヒトを対象とした研究でも、60歳を境として急激に運動単位数が減少することが報告されています。
加齢による運動単位数の減少は、速筋繊維に著しいことも明らかで、これらのことから、
速筋線維を支配するα運動神経が低下すると、それにより、骨格筋が神経原性変化をし、筋力低下が生じると考えられています。
加齢により一部のα運動神経が衰えると、それに支配されていた筋細胞は、神経再支配が起らない限り除神経状態(神経が通わない状態)になります。
◯加齢による筋構成タンパク質の変化
筋肉の量は筋タンパクの合成と分解が繰返し行われることによって維持されています。筋タンパクの合成に必要な因子の減少や、筋タンパクの分解が筋タンパクの合成を上回ったときにも筋肉量は減少します。
筋構成タンパク質「合成よりも分解が上回ってしまう」
↓↓↓
それにより、筋細胞が萎縮してしまいます。
加齢による筋構成タンパク質の変化にはこの影響だけではありません。
筋構成タンパク質の中のミオシン重鎖の合成能は高齢者の場合、若年者に比べ40%に低下すると報告されています。(ミオシンは筋収縮において非常に重要な働きをします)
要するに、加齢によって「筋構成タンパク質の合成能そのものが低下」すると考えられています。
◯加齢によるホルモンの影響
サルコペニアのメカニズムには、生体全体のホルモンが影響するとも言われています。
このホルモンには、テストステロンや抗加齢ホルモンとして有名であるデヒドロエピアンドステロン(DHEA)、成長ホルモン(GH)やインスリン様成長因子1(IGF-1)、コルチコステロイドがあります。また甲状腺機能異常・インスリン抵抗性など筋肉の増大に関係するホルモンの影響などが、加齢によって低下し、それらによって筋肉量の減少に影響しており、筋力低下の一因になっています。
◯加齢による酸化ストレスの影響
加齢によって骨格筋内の抗酸化酵素の生成は低下しますが、実際に同じ強度の運動を負荷した場合、骨格筋内の活性酵素の生成は高齢者の方が若年者より多いのです。
つまり、サルコペニアとなった骨格筋は酸化ストレスに対する感受性が高く、運動によって生成される活性酵素による細胞傷害を受けやすいと推察されています。
サルコペニアとなった骨格筋に運動などによって細胞傷害が惹起されると、その修復は困難、あるいは時間を要することになり、このことも筋力低下の助長につながります。
■原因2)生活・活動
◯臥位・座位での生活
普段寝てばかり、座ってばかりの状態が続くことで、筋肉量に変化をもたらします。
◯運動不足
日常生活において運動をあまりしない人は、 筋力を維持・発達させる機会がないため、筋肉量が減少していきます。
■原因3)他疾患・服薬
<臓器不全、糖尿病、副腎疲労、その他病気>
ガンやHIVなど全身の体力を奪う病気、筋力低下が症状として現れる重症筋無力症、高カリウム性周期性四肢麻痺、低カリウム血症、アジソン病、クッシング症候群、 副腎疲労、 体を動かすことが困難になる慢性疲労症候群やうつ病などにより、筋肉量が減少してしまいます。
また各疾患に罹患することで、炎症性サイトカインが多くなり、筋タンパクの分解が進むことでもサルコペニアの発症につながると考えられています。
引用元:サルコペニア:定義と診断に関する欧州関連学会のコンセンサス―高齢者のサルコペニアに関する欧州ワーキンググループの報告―の監訳
※用語解説「カヘキシア」とは?
ギリシャ語「cac」=悪、「hexis」=状態 を意味する。
ガン・末期腎不全・うっ血性心不全などで起こる筋肉量減少。炎症、インスリン抵抗性、食欲不振などを伴い、筋肉たんぱく質の喪失が加速される。カヘキシアを有する人は、サルコペニアを伴うこととなる。
■原因4)栄養
◯タンパク質の摂取不足
筋肉の合成や維持に必要な栄養素の代表格は「タンパク質」です。このタンパク質は、ほとんどの食べ物に含まれるので、摂取不足(推奨摂取量:10~15g)になることはありませんが、過度なダイエットや絶食の場合は、不足することが稀にあります。
また、過度なダイエットで炭水化物、糖分摂取を控えてしまうと、糖分の不足を補うために、筋肉を分解して糖分を作り出す糖新生が起こり、筋肉量が著しく減少してしまいます。
減少してしまった筋肉量が、自然に増加することはありません。加齢によるサルコペニアの発現を上昇させるだけでなく、筋肉量低下により基礎代謝が低下し、太りやすくなってしまいます。
■原因によるサルコペニアの分類
分類 | 原因 | |
一次性サルコペニア | 加齢性サルコペニア | 加齢以外に明らかな原因がないもの |
二次性サルコペニア | ①活動に関連するサルコペニア | 寝たきり、不活発な生活スタイル、無重力状態が原因となり得るもの |
②疾患に関連するサルコペニア | 重症臓器不全(心臓、肺、肝臓、腎臓、脳)、炎症性疾患、悪性腫瘍や内分泌疾患に付随するもの | |
③栄養に関連するサルコペニア | 吸収不良、消化管疾患、および食欲不振を起こす薬剤使用などに伴う、摂取エネルギーおよび/またはタンパク質の摂取力不足に起因するもの食欲不振をきたす薬物の使用 |
サルコペニアの症状
サルコペニアは筋量が減少し、筋力が低下します。
そのため症状としては、「歩行困難」「生活困難」「身体活動の低下」など主にADLが困難となります。
その他にも
・疲労(倦怠感)
・冷え性
・猫背
・代謝率低下
・歩行速度低下
・各関節の疼痛
・食欲不振
・骨粗鬆症
・不眠症
などの症状が起こります。
サルコペニアの診断基準
サルコペニアを診断するにあたって、下の表にある診断基準に沿って行います。
■<サルコペニアの診断基準>
※サルコペニアは1を裏付ける証拠に加え、2もしくは3を満たす場合に診断されます。
<EWGSOPの概念的なサルコペニアの段階>
Presarcopenia :筋量の減少のみ
Sarcopenia :筋量減少と筋力の低下、あるいは動作能力の低下のいずれかの低下がある場合
Severesarcopenia :3つの全ての項目を満たす場合
筋肉量が減少したというだけで、サルコペニアにはなりません。筋肉量が減少し、筋力または身体能力が低下して初めてサルコペニアという診断がなされます。
■<サルコペニアの検査・測定方法>
サルコペニアの診断基準では筋肉量の低下、筋力の低下、身体能力の低下とあります。
しかしどのようにして、測定していけばよいのでしょうか。
「1.筋肉量」の測定・評価は、残念ながら簡単には行えません。医療機関などの機器を用いなければ測定・評価は不可能です。
病院によるサルコペニアの診断では、コンピュータ断層撮影(CTスキャン)、磁気共鳴イメージング(MRI)、二重エネルギーX線吸収測定(DXA)による測定が行われますが、意外と高価です。特に、「身体機能の低下による日常生活の困難」などの症状が出ていない限りは、必要はないかもしれません。
「2.筋力」「3.身体能力」の測定・評価は自分でも行うことが可能です。
■<サルコぺニア診断で判断される項目>
◯握力
加齢に伴う筋量変化は上肢より下肢で大きく変化があります。また下肢でも遠位より近位(大腿部)において低下率が大きいと言われています。握力は手の力を図るだけでなく、「下肢筋力」「ふくらはぎの筋断面積」と密接な関係にあります。その人の大体の全身体力の判断が握力で測定可能とも言われています。
臨床においても体力を簡単に推測する際は「手を思いっきり握ってください」と声かけします。しっかり握り絞めることが可能な方は全身筋力があると判断できます。
またペットボトルの蓋を開けることができるかなども指標になります。
・握力のカットオフ値 男性26㎏ 女性18kg
男性26㎏、女性18㎏以下であれば、「サルコペニアの疑い」。
※あくまでも疑いなので、ここで断定はできません。
◯歩行速度
10m歩行を実施してください(6m歩行という記述もありますが、欧米の記述にも〇m歩行で測定などの記述が特にありません)。
もし10m歩行ができない場合は横断歩道を青の状態で渡り切れるか、渡り切れないかで判断してください。横断歩道は、1m/秒の歩行速度で渡りきれるように設計されています。
・歩行速度のカットオフ値 男女 0.8m/sec
歩行速度が0.8m/sec以下であれば、「サルコぺニアの疑い」。
■<簡易的な測定方法>
歩行速度、握力を測定することが困難であれば、以下のようなやり方もありますので、試してみてください。
①輪っかテスト
下腿(ふくらはぎ)の最も太い部分を、両手の人差し指と親指で輪っかを作り囲み、
隙間が出来るようなら、筋肉量が減少しているとみなされサルコペニアが疑われます。
②片足立ち上がりテスト
椅子に座り、両手を前に組んで片足で立ち上がろうとした時、左右どちらかの足で
立ち上がりが出来ないと筋力低下が疑われます。
サルコペニアの治療・改善方法2つ
サルコペニアの治療は原因4つ(加齢・生活・栄養・疾病)に見合ったものを選ぶ必要があります。その4つの原因に対して主として行うことは ①運動 と ②栄養管理 です。
■①運動を行う
サルコペニアは筋肉量の減少、筋力低下が主なものなので、やはりまずは「運動」を行うことが大切になります。
運動といってもウォーキング、エアロビなどの有酸素運動では筋肉量は増えません。
漸増運動(負荷や抵抗を増やしていく)が最も有効になります。
臥位・座位姿勢(廃用症候群)によるサルコペニアでは、不要な安静を避け少しでも早く離床させることが大切になります。
入院患者では「安静・禁食」と指示されることがありますが、医学的にみて本当に安静や禁食が必要かどうか検証することが必要です。
不要な安静、また禁食の結果が、寝たきりや嚥下障害に繋がります。
■②適切な栄養を摂る
運動ができるためには、適切な栄養管理が大切です。
特に筋肉を作るためのたんぱく質(必須アミノ酸)です。栄養を考慮せず筋力トレーニングを行っても筋肥大に大きな影響を及ぼしません。
実際に、低栄養で不適切な栄養管理下に置かれている高齢者の方は多くいます。例えばこうした人々に1日適度な時間の運動のみ行っても、低栄養がさらに進行し筋力増強や持久力向上はできません。むしろ低下してしまいます。
原疾患がガン・神経筋疾患などの場合でサルコペニアになった場合は、いずれも、まずその疾患に対する治療が必要です。同時に適切な栄養管理とリハビリテーションを併用します。疾患によっては、筋力トレーニングを行いすぎて逆の効果に反映してしまう恐れがあります。
サルコペニアの治療は、原疾患の治療と適切な栄養管理を優先し、筋力トレーニングはその段階では行わない。そして機能維持を目標とした、低負荷な関節可動域訓練や座位訓練のみ行っています。その後、ある程度原疾患が落ち着いて、栄養管理が適切であれば、筋力トレーニングを行っていくようにします。
サルコペニアの予防方法
「歳を重ねるとサルコペニアになってしまうのかな・・・」
「いくら筋トレしても高齢になれば衰える。意味がない!」と、思いがちですが、全ての高齢者が必ずサルコペニアになるという訳ではありません。
確かに加齢により筋肉量が軽減し、筋力が低下します。しかし80~90歳以上の高齢者でも筋力トレーニングを行うことで筋肉量は必ずUPします。
サルコペニア自体には負荷のある筋力トレーニングが必要となりますが、神経細胞の減少、内蔵機能の低下、ホルモン量の減少などは、筋肉自体に負荷をかけるトレーニングではなく、全身運動の有酸素運動や筋力トレーニングによって、その低下を防ぐことができます。
特に下肢の筋群をメインに行う必要があります。
下肢筋(大腿四頭筋・大殿筋・中殿筋・腸腰筋・腓腹筋・前脛骨筋など)をポイントにしたトレーニングを行いましょう。
サルコペニアを予防・改善するトレーニング
筋肉を増やす運動は「漸増運動」いわゆる負荷を取り入れた筋力トレーニングです。
筋力トレーニングを実施するときに重要なのは、①強度(負荷) ②回数 ③頻度の3つです。
高齢者の場合はさまざまな疾患を抱えている方も多いと思いますので、低強度でのトレーニングを行いましょう。(低強度は1RMの40~60%程度の負荷をいいます。)
「低強度(1RMの30~40%)であっても疲労困憊まで繰り返すことにより、筋タンパク質合成の亢進と有意な筋肥大が観察」(Mitchellら 2012)とあり、低強度であってもトレーニングの効果を期待することができます。
①低強度(同じ動作を10回すれば限界くらいの強度)の負荷を
②10回を一日に3セット(2セット目からは負荷を落としてもOK)
③それを週に3-4回 もしくは 2-3回(体調に合わせて)
十分な効果を期待するには6ヶ月以上のトレーニングが必要となります。
トレーニングは中止すると、効果が減少または消失して行きます。トレーニングの効果を効率よく保つためには、日常生活での活動を高めることが重要となります。
■<筋力トレーニングの効果>
とある米大学の研究調査によると、 10週間の簡単な筋力トレーニングにより、高齢者の基礎代謝がおよそ7%増加したと発表しています。
筋肉量が増加することにより、疲労回復、易疲労感の解消、身体エネルギー量の増加など様々な効果があります。
•基礎代謝の増加
•認知機能の向上
•インスリン感受性の改善
•Ⅱ型糖尿病予防
•たんぱく質合成速度の向上
•骨密度の増加(骨粗鬆症のリスク低下)
•関節痛・腰痛などの軽減
•冷え性の改善
※インスリン感受性が改善することで、Ⅱ型糖尿病の予防にも良い。
※血液循環が良くなることで、成長ホルモンの分泌が良好になり、疲労回復・認知機能向上・冷え性改善など、身体の様々な機能を改善する効果がある。
まとめ
筋力が低下することで、日常生活においての「転倒リスク」が高くなります。転倒して、骨折を呈すると、身体を自由に動かせなくなります。いわゆる「寝たきり」を強制的にさせられます。まずそこでサルコペニアは進行してしまいます。
強制的な臥位状態になると「認知機能が低下」し、活動量が一気に減ってしまいます。また活動量が軽減することで、食事量も軽減し、嚥下能力も低下し、サルコぺニアの原因の
一つである「低栄養の進行」、「たんぱく質合成」のトラブルを起こしてしまいます。
サルコペニアは悪循環をさらに悪循環にさせてしまう危険なモノです。サルコペニアを予防し、悪循環に陥ることのないように、日々の生活において、運動と栄養に着目して頂きたいと思います。